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珍敷塚古墳と中国神話の関連について考えてみました

以前アカイイトのSSで「太陽の舟」について書いたりしましたが、モチーフとなった珍敷塚古墳の壁画について少し気になった事があったので軽く調べてみました。

壁画の左側には太陽の下に軸に鳥が止まっている船を漕ぐ船頭、中央に蕨手文と三個の矢筒、右側に月と蟇蛙や盾を持つ人や鳥(烏?)が描かれています。
亡き首長の霊がアメノトリフネに乗って黄泉の国に向う光景を描いたものであるとか、松前健氏、千田稔氏のように『播磨国風土記』の天照大神の舟と結びつけて考える説があるようです。

太陽と舟の壁画はエジプトやヨーロッパなどにも見られるというのは納得出来るとして、三個の矢筒と蟇蛙が登場する意味を調べてみようと考えました。
古事記で登場する蛙に関する神話としては、オオナムチの前に現われた小さな神の名前を誰も知らなかったが、タニグクという蟇蛙が「クエビコならば知っている」と答え、クエビコに尋ねたところ小さな神の名前がスクナヒコナであると言うことを知ったと伝えています。
蛙は春に川やぬかるんだ泥土の中から自然に発生して、冬には泥の中に戻って冬眠し、翌年になると再び現れる死と再生の象徴と見なされているそうです。
と、これが多分一般的な解釈で、イマイチ納得しきれなかったのですが、矢と太陽、烏、蛙の組み合わせで中国神話の羿(げい)を思い出しました。

中国神話の伝えるところによると、十個の太陽が一度に現われた時、弓の達人である羿(げい)が九個の太陽を撃ち落したら、地上に落ちた火烏の足が三本であり、これがヤタガラスのモデルであり、十干のモチーフであることは紅紡でもご紹介させていただきました。
この羿の妻、嫦娥(じょうが)は元々は天界の女神でしたが、羿のせいで天界へ帰れなくなっていたため、夫を恨んでいました。
羿が天界へ帰るための霊薬を持ち帰ると、嫦娥は抜け駆けして羿の分まで霊薬を一人で飲んでしまいます。
霊薬の効果で月へ帰り着いた嫦娥でしたが、月に着いた途端、醜い蛙に姿が変わってしまったと伝えています。

縄文中期には蛙文の土器が多く造られているように、日本には嫦娥の神話も受け入れられやすい土壌があり、原型に近い形で表現されたのかもしれませんね。
日本神話で羿に近い存在というと天若日子を思い出しますが、関連性はあるんですかね?

参考
『伊勢神宮―東アジアのアマテラス』 千田稔 中央新書
『謎解き日本神話』 松前健 大和書房
『中国の神話伝説(上)』 袁珂/著 鈴木博/訳 青土社

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